―――彼ら其々が、其々の志に準じて、大陸の星となる可能性を持っています
     ですから、私でなくとも他の諸侯に奪われてしまう可能性はある訳です
―――だが、器は別だ。儂の見るところだと、その器を満たす酒は僅かしかおらぬ。お主を入れてな
―――勿体無いお言葉です
―――謙遜することなどなかろう。お主も器を満たす酒だ。だが…








乱世の行く末
望むは 蒼天の世
誰もが 穏やかに暮らすことできる そんな世に

互いのやり方で
互いの思いを乗せて

旅路―残された言ノ葉 散った言ノ葉―









「先ほど、魏王・曹操が逝去されました」

夜半過ぎ…
執務室へと入ってきた兵卒が告げた一報に。
諸葛亮と共に書簡の確認をしていた劉備の手から書簡がひとつ滑り落ちた。

「そうか…」

一瞬の虚の後。
やっとのことで、劉備が搾り出したのはそれだけだった。
他にも言うべきことはあったかもしれないが、思考が追いつかずそう言うのが精一杯で。
辛うじて声になった言葉の語尾もどこか震えていた。

「ご苦労だったな。持ち場に戻るがよい」
「是」

一般兵の手前。
君主である自分が取り乱す様を見せるわけにはいかない…と。
震えた語尾を隠すように。乱れた自分の心を落ち着かせるように。小さく深呼吸をして。
労わりの言葉で応えてやった。

「奸雄・曹操が逝去――ですか」

兵が部屋を出て行く後姿を見送って、齎された静寂を先に破ったのは諸葛亮だった。
ゆっくりと紡がれる言葉が静かな室内にいやに響く。

「これで、殿が天下をとる機会が増えると良いのですがね…」
「………」

机に手をついて腰を上げ、先程劉備が取り落とした書簡を拾う。
そして書簡を元あった卓上へと乗せると、少しでも蜀に有益になるとこちらとしても願ったり叶ったりなんですが…と微かに笑って、劉備へと向き直った。
が、当の本人は諸葛亮の言葉に反応するどころか、ただ一点を見つめていて、こちらの言動には全く気づいていないようだった。

「殿?」
「あぁ…すまぬ。いや…流石の奸雄も移ろい行く時間には抗えなかったかと思ってな」

訝しげに声を掛ければ、やはり孔明の声は聞こえていなかったようで。
定まっていなかった焦点が孔明に結び直され、小さな謝罪の言葉が返ってきた。

「なるほど。ですが。曹操も同じ女の胎から生まれた人間ですから。
生の終わりは全ての人間に。全ての生物に平等に訪れます。しかし、時間の長さはその限りではありません。
長くもあれば、短くもある。何が、己の時間を決めているのかなど私達には到底知る由もないのです。
ですから、様々な想いを抱えて尚、人間は生きるのでしょう。殿も、そして、彼も―――…」
「だが、曹操は自分の思うように生きた。志遂げぬうちとはいえ、己の望むままに。
 時として、暴虐の限りを尽くしたが、それもまた彼だけが成せる業なのだろうな。
 仁だ。義だと口にしつつも、私もどこかで彼のように生きたいと望んでいたのかもしれぬ」
「……殿…」
「いや、すまぬ。少々感傷的になってしまったようだ。忘れてくれ」

孔明に続いて口を開いた劉備から出てきたのは、肯定でも否定でもなく、どこか羨望の混じったものだった。
無意識の本音だったらしく、自分の言動にも少なからず動揺しているのだろう。
余計なことを言ってしまったな。と表情にも苦笑が混じった。
らしくない劉備の言動に少々驚いた孔明だったが、

「聞かなかったことに致しますが、殿も何か思われるところがあるのようなので…私はこれで…」

劉備が思わんとする事を察したのか、応えるように微笑みを浮かべると執務室から出て行った。
臥龍と名高い孔明は、心理を読み取るのも容易いのか。
それとも、自分はそんなに読みやすい思考をしているのだろうか。
多分後者なのだろうな…とごちた。
一人しかいない部屋は水を打ったように静か。
仄かにともる灯りが劉備の陰を不安定に揺らしていた。

「私も彼のように生きたかったのかもしれない……か」

静かに窓辺へ近づき、窓縁へ体を預けると、先程自分が言った言葉を反芻する。

「孔明の言う通りなのだがな…何故、あのような言葉が出たのだろうな」

やはり私は、曹操が羨ましかったのだろうか。
深層意識の中に眠っていた本音が彼の死によって表出せざるを得なかったのだろうか。
緩慢な動作で窓の外へと目を向ければ…中空に浮かぶ月が目に入った。
闇夜に煌々と耀く孤高の士。
それは、どこか彼の姿を連想させた。
敵対国の君主が亡くなったというのだから、孔明の言う通り、喜ばしいことかもしれない。
が、一時でも彼と共にあった自分にとっては、自分を認めてくれた大切な人間だったのだ。
歴史の転換期という「乱世」に出逢った2人の将。
互いの信条は異なっていたが、根本的に求めるものは何ら変わりなかった。
彼も自分も平和な世を望んでいたのだから。

「貴方も私も、世が世なら共に居られたのかもしれませんね」

  一句一句区切りながら、語り掛けるように言の葉を紡いで。
何かを求めるかのように手を伸ばしてみても、闇に浮かぶ月は、何一つ表情を変えてはくれなかった。
変わらず煌々と耀くだけ。
伸ばした手も空を掴むだけ。
何も得る事もなく。決してそこに届かなかった。

「答えなど返ってくる筈もないのに…」

伸ばした腕を静かに下ろすと、何を期待していたのだろうと虚しさが募ってきた。
解りきっていた筈なのに。何を期待していたのかと。
彼が応える筈などないだろうと。
そう自覚した途端、今まで殺していた感情がまるで啖呵を切ったように溢れてきた。
溢れ出した感情の雫が頬に幾筋もの路を作り、明りに反射した涙が鈍く光った。

「私にあれだけのことを言っておきながら…っ……」

嗚咽で声になりきれない声は、喉半ばでくぐもり。
重力に逆らうことなく床へと落ちた雫は、絨毯に染み込み、そこに悲染(カナシミ)を刻んでいた。


  

  






  
    


  

  






  
    
―――彼ら其々が、其々の志に準じて、大陸の星となる可能性を持っています。
     ですから、私でなくとも他の諸侯に奪われてしまう可能性はある訳です。
―――だが、器は別だ。儂の見るところだと、その器を満たす酒は僅かしかおらぬ。お主を入れてな。
―――勿体無いお言葉です。
―――謙遜することなどなかろう。お主も器を満たす酒だ。だが…
―――何か申されましたか?
―――いや…いくら器を持っていても。儂には到底適わぬがなと言っただけだ。
―――…それは、私を認めて下さっているのか、そうでないのか意見が分かれるところですね。
―――まぁ、それはお主の受け取り方次第だな。
―――では、善い方に取らせて戴きますよ。
―――好きにせい。受け取り方次第で如何様にもなるわ。
―――そうさせて戴きます。
―――何にせよ。お前の言う通り、この先はあくまでも可能性の世界であって、
    「確実」というものが無いといえば無いようなものだからな。どちらが先に成し遂げるか競おうではないか。















  














  



















甘い蜜を飲ませるだけでは、乱世は駆けられぬ

時として冷酷さを求められることだってあるが、

お主に求めるのは酷というものだろう



優しすぎるのが珠に傷といったところか…

しかし

そこがお主のお主たる所以かもしれんな



では


お主はお主

儂は儂


互いのやり方で

同じ夢を追うことにしよう




この大陸に蒼天の世を齎すために―――――









Fin





曹操逝去時の劉備サン、でしたが。
このお話は、ただ曹玄会話部分が書きたいだけの生まれたというシロモノだったります。
ちなみにネタが浮かんだ当初は、ソソ様は生きてらっしゃいましたよ(笑)、ええ。
殿の義勇軍時代…に時代を設定しようかと思ってたんですけどね。
その後、ろうサンの脳内で数々の紆余曲折を経て…
ソソ様ゴメンっ(謝)――逝去という形に落ち着いた訳です。

とかいいながらも。泣かない筈だった殿が泣いてしまったり、話が進まなかったりして。
今思えば、あれは死ぬことになったソソ様の呪いだったのかもしれん。

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
今度は、ソソ様死なすことのないように頑張りたい…かな?(オイ)








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