風吹かず、虫鳴かず。
静かと形容するには役不足な、そう…沈黙と形容するに相応しい夜だった。
森の奥深い場所にある粗末な一軒家。
地元の民は、そこを山賊の根城と噂していたが、今は話し声さえ聞こえてこない。
屋内も明りがないため暗くて良く見えなかったが、人影があった。
何をする訳でもなく、人影は立っていた。
やがて…
覆われている雲から月が完全に姿を現したのか、小窓から柔らかな月明かりが差し込み始める。
先程まで暗かった屋内が除々に正体を現したそこには、血漿で真赤に染まった外套を纏った男の姿があった。

「山賊と聞いて来たのだが…大したことなかったな」

男の足元。
月明かりと共に現れたのは、数体の骸とその骸のものとおぼしき血溜まり。
中には、手足が銅から外れ、部屋の片隅にあるものもあった。
繋がるモノを無くした四肢は、赤を吐き出して痙攣に似た症状を見せている。
彼等は一瞬の内。何が何だか分からぬまま、斬られたのだろう。全て目を見開いたまま倒れていた。
絶え間なく傷口から吐き出される赤が血溜まりをさらに大きく、
紅くしていく様は凄まじい光景だったが、男は眉ひとつ動かすことなく、見つめながら

「だが、助かりはしたな…」

笑って、手にしていたモノを空で振った。
びちゃ、びちゃと嫌な音が響き、骸の周りに広がる血溜まりに波紋が浮かぶ。

月光を受けて鈍く光を放つそれは――双頭の龍を象った剣格を持つ剣だった。








真実を知る者は 
真実を隠す者に 振り回されて

いつの間にか

それでさえ 心地良くなってしまうらしい――…


難攻不落の砦









その後、念には念を入れてと。
骸全部の息がないかを確認した男は、汚れた身体を洗う為、其処から一番近い泉へと足を運んだ。
骸の―――元山賊である彼等の処理は、そのままにして。自然に任せた。
血の臭気に誘われて獣が来たならそれで良し。
来なければ人の死体は、腐敗するというから、そのうち還えるべき場所へ還っていくだろう。

繋いでいた愛馬を目印に、誰に見つかることなく泉へと辿り着いた男は、
岸辺に屈んで真っ赤に染まった外套を岸辺に置くと自らを清める為に泉へと脚を浸した。
気温も水温も決して高くはないのだが、
ひやりとした水が先程まで立ち回りをした体に丁度良く馴染み、心地良かった。
泉の中ほどへとゆっくり脚を進め、半身が浸かる深さまでくると、ふぅとひとつ息を吐いた。
目線を浸かってない上半身へと移せば、お世辞にも黒いとは言えない肌が目に入る。
鎧を纏っていた為、そこの汚れはあまり目立たなかったが、ふと手をやった頭部――
特に髪は、血液の凝固作用によって固まっていた。
顔の横に掛かる髪を手に取るも、意図していたようには取れず、束になる。

「液体のうちはいいのだが、固まってくるといかんな」

ひとりごちながら。首を傾げ束になった髪に眼を向けた。
二つに分けても、髪の端々に薄い血の塊が張り付いていることから、
男は水で漱いだ方が手っ取り早いという結論に達した。
見事に固まってしまった横髪を水に浸し、梳く度に漂う髪は、まるで水草のよう。
ついでに後髪も洗ってしまおうと結っていた紐を解けば、髪は重力に沿って肩へと流れた。
幾度か、梳いていると髪も解れて広がりを見せ初めて。
同時に凝固していた朱色が水に溶けていった。
束になっていた髪から溶け出した朱色は、溶け出してしばらくは赤いと認識できたのだが、
しばらくすると何の跡形もなくなり、無色透明の一部となる。
早く固まった血を落とすために水中で手を動かしているから、
それは当然といえば、当然のことなのかもしれない。
けれど、これが先程まで人間の体内を流れ、生を司っていたのだのだから、
なんとも滑稽なものだと男は思った。

「落とすのも勿体無いのだが…落とさぬと露見するからな」
「露見など生易しいものか。そのような醜態見られでもしたら、主の陣の者皆卒倒するわ」

人知れず呟いた言葉に背後から答えが返ってきた。
どこか聞き覚えのある声に振り向くと、
そこにいたのは自分の真実を知る唯一の人間である――曹操だった。
彼は辺に聳える大樹に寄り掛かり、どこか手持ち無沙汰に腕を組んでこちらを見つめていた。
きっと結構な時間、ここで待っていたのだろう。言葉尻が少々キツい。

「多分、そうでしょうね」
「多分ではないわ」

はっきりとせず、曖昧な笑いを浮かべるだけの男の返事に

「そんな処でぼさっと突っ立っとらんで、さっさと上がらぬか」

ずんずんとこちらへ向かってくると、
泉の中ほどで濡れたまま立っている男の手を引いて泉から上がらせた。





「ったく。久方ぶりに手紙が来たと思っておったら、『見張り頼みます』の一言だったからな。
 恋文かと思って開いた儂の気持ちは、一気に萎えたわ」
「あまり余計な事は書けないでしょう?私と貴方の関係が露見したら大変ですし。
 それに何だかんだと言いながら、来て下さるではないですか」

岸へ上がり、曹操から渡された布で髪の水気を拭き取りながら劉備は、晴れやかな笑みを浮かべて。
自分の台詞に、こうして2人でいる訳ですから。逢引の誘いだとも取れるでしょう?と付け加えた。
勿論、その顔に晴れやかな笑みを乗せることも忘れない。
曹操が、それに文句など言えないことを知っているからだ。
案の定。渋面になりながらも曹操はそれ以上は口にしなかった。

「それにしても、よく見つからずに抜け出して来れるな」
「まぁ、勝手知ったる場所ですし。私を信頼しきっている者たちですからね」
「仁徳の御仁が聞いて呆れる…お前の部下は皆、主の上面に騙されておるのか。
 実際は、誰よりも血を好む性悪だというに。哀れな者達よ」

穏やかで。仏のような笑顔を浮かべながらとんでもない毒を吐き、血を求めて人を斬る。
仁徳で名高い。虫でさえ殺さない男と噂される蜀を治める劉玄徳は、実はそういう男だった。
今先程山小屋であった事象も、名目上は山賊の討伐。
因って、善か悪問うならば、当然善ではある。
しかし、結果的には己の欲求を満たすのが先で、民の進言は二の次だから変わりはしないだろう。
挙句の果てに、この人を食ったような言葉。

諸葛亮など不要なくらいの知略を隠し持つくせに、
自分のやることは最小限に抑えて、全て部下に任せる。
しかも、一切それを悟らせないし。見せないのだから狸振りも立派なもの。
寧ろ、何だか分からないけど。この人の役に立ちたいと思わせる…
そんな魅力が飛び抜けて高いものだから、タチが悪いし、犠牲者は後を絶たない。
いや…犠牲者の方は、自分達が犠牲者だとは分かっていないのだから。
犠牲者とは呼べないか。
何れにせよ、この男はえらく大きな猫をかぶっているのには変わりない。
三顧の礼の際も、涙を流して諸葛亮に是の返事を口にさせた途端、
影でほくそ笑んでいたなんて誰も知らないだろう。

「そうであったな。主はそういう男だったことを忘れておったわ…」

儂まで、主に騙されておったわ。と曹操は肩を竦ませる。
それに笑みを浮かべることで返して、劉備は予め置いておいた新しい衣に袖を通した。
だが、衣は外に置いていたせいで冷えていた。
ましてや、水で冷たくなった身体がそんなに早く元の体温に戻るはずもなく。
外気に触れた体にひやりとした感覚が走り、くしっと小さなくしゃみが出た。

「ほら。いわんこっちゃない。だからさっさと出ろと言うたのだ」

見兼ねた曹操は自分の外套を外し問答無用で劉備に羽織らせると、
近くの樹に繋がれていた劉備の愛馬――的廬を引いてきた。

「ほれ」

どうやら、帰れと言っているらしく、ベシベシと何度か背の鐙を叩き的廬に乗るように叱咤する。
いつもは引き止める癖に。珍しいこともあるものだ。

「さっさと乗らぬか」

いつもは自分を引きとめる癖に。
珍しい曹操の行動にきょとんとしていると、苛立った声が聞こえた。
ふいに手元に感じた感触に目を移せば、的廬。
的廬もまた、劉備の手に鼻頭を擦り付けて。帰ろう、戻ろうと催促しているようだった。

「また、珍しい。いつもは引き止める癖に。どうしました?」

私が小屋にいる間、何かオカシナ物でも拾い食いでも?と口元だけで笑ってやれば、
「儂は一体何なんだ」と顔を顰められた。

「やりそうですけど?」
「玄徳…」
「ハイハイ。私、劉玄徳は、曹操殿のご好意に有難く甘えることに致します」

地を這うように吐き出された声に、流石にマズイと思ったのか。
劉備は、曹操の好意を有難く受け取っておくことにして、白々しい位に頭を下げて礼を口にした。

「…その人を食ったような物言い。なんとかならんのか」

幾許かの短い沈黙の後、投げかけられた曹操の言葉に、劉備は、ふぅと息を付く。

「貴方の前でも普段の私を装えと? 冗談じゃないですよ」

仁徳を装っているのは疲れるんです。
真実を知っている貴方の前で使っても無駄なだけ、とぶっきらぼうに返して。
劉備は、的廬を撫でて、鐙へと脚を掛ける。

「本当に可愛くないな」
「男に可愛いとおっしゃっているより、周りに居られる女性に言われては如何ですか? では…」

暗に、いろいろと含ませた台詞を吐いて。
勢いをつけて鐙に跨ると、失礼しますと言うや否や、馬首を返して蜀への帰路を駆けていった。
曹操のものだった外套も。的廬の蹄の音も。しだいに小さくなり、そして見えなくなる。










「難攻不落の砦程、落とすのに燃えるものだからな。 すぐに攻め落としてやるわ」

劉備の去った後。
残された曹操は、不敵な笑みを浮かべながら。劉備の消えた方向を見つめていた。















Fin





あ゛ぁ゛――――…
なんだか、意味の分からん話だ。これこそ駄作やね(笑)
ツッコミ処満載だし。大安売りだよ。バーゲンセールだよ(意味不明)
まぁ…久しぶりの更新ってことで…大目に見ていただけないでしょうか

ちなみに、冒頭でアレ?と思われた方がもしかしたらいるかもしれませんが。
そう... この話。裏の【ヘマトフィリア玄徳】の元になったネタだったりするんですね。
冒頭の話だけ…ですが(短いナ)

で。
結局何が書きたかったかというと…対等な曹玄ですな。ええ。
ムシロ、ちと玄徳の殿が優勢な。曹玄というより、玄曹に近いカンジの曹玄。
ヘマトフィリア的設定な殿は、ソソ様より優勢って脳内設定があるので。
例えば…

巨大な猫をかぶり。
諸葛亮より、賢くて。国中を騙していたり…虜にしていたり
三顧の礼でほくそ笑んでたり
ソソ様をからかったり
とにかく、口が悪い。性根が悪いも悪い。

そんな、殿ですので。
でも。そんな殿も大好き…な辺り、アレだな。自分。

こんな殿でもイイよ。って言って下さる方がいれば…いいな(気弱)






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